研究内容

生物系の科学は基本的には化学、物理の両分野にわたる広大な学問領域であるが、工学的視点からのアプローチもますます重要になってきている。生物情報工学大講座に所属する本研究室では、生物素材を高度に利用した新規な機能性材料やバイオ素子を創出し、それらを応用した生物情報システムの構築を図るとともに、生物関連分野の諸現象や生物機能を究明することを意図して研究を展開している。具体的には、生物関連物質を様々な合成物質と組み合わせたハイブリッド材料の研究・開発に取り組み、さらに、それらを新規なバイオデバイスに応用することによって生物素材の高度利用を図り、複雑な生物機能に迫ろうと考えている。

1. 生物素材のハイブリッド化

酵素や各種の機能性タンパクなどの生物素材を工学的に利用しやすい形態(材料、デバイス)へと転換して行くためには、それらの生物素材を何らかの手段で固体の表面に結合させたり、他の物質(分子)と複合化させることが必要となる。生物素材を他の物質と結合、複合化するためには、物理的な方法と化学的な方法とが考えられるが、生物素材分子の持つ機能を積極的に引き出し、しかも安定なハイブリッド化を行おうとすれば、分子レベルでの化学的な結合形成が非常に重要な問題となる。このような観点から、本研究室では、生物素材の高度利用のための基礎技術として、生物素材の化学的結合による固体の表面改質、修飾ならびに生物素材と有機・高分子材料との分子レベルでの結合に取り組んでいる。

固体表面に存在する原子団(例えば、炭素表面上の芳香族環や水酸基あるいはカルボキシル基、酸化物系無機物質表面上の水酸基など)を反応点として、新たに種々の有機原子団や高分子鎖を化学的に結合(共有結合)させることができるので、それらを足場とすることにより、酸素分子や各種の機能性タンパク分子を固体表面に導入することができる。酸化物系無機物質であるシリカゲルやアルミナゲルなどの表面には多数の水酸基が存在しているので、これらを結合点として酵素を共有結合させれば、安定な工業触媒として、酵素を様々な形態で利用することが可能となる。さらに、マグネタイトやフェライトなどの磁性体の表面に酵素を結合させておけば、酵素反応生成物を磁気的に分離することもできる。

2. ハイブリッド化技術とバイオデバイス

生物素材のハイブリッド化技術はバイオセンシングの分野で不可欠な要素技術である。その応用に関しては、例えば、抗体タンパクを水晶振動子の表面に結合させることによって、抗原−抗体反応で捕捉される抗原による重量増加が共振周波数の変化をもたらすので、これを追跡することによって極めて高い質量感度で抗原を検知することが可能である。水晶振動子を用いるこの手法は様々な分子認識に利用可能であり、DNAセンシングにも応用している。

一方、生物素材と他の有機・高分子材料とを分子レベルで結合、複合化することも新規かつ有用な機能性材料創出の基盤となる重要な技術である。生物素材を利用してバイオデバイスを構築しようとする場合、生物素材の機能をいかに電気的あるいは電気化学的に応用するかが課題であり、特に、有機エレクトロニクス材料との組み合わせに興味が持たれるところである。現在、分子認識やエネルギー変換への応用を目的として、当該材料と生物関連物質とのハイブリッド化に取り組んでいるが、その目標は両者をそれぞれの機能を損なわずに結びつけることにある。また、生物素材とイオン伝導性高分子との組み合わせもバイオデバイスの開発に関連する研究要素である。

導電性高分子は代表的な有機エレクトロニクス材料であるが、本研究室では、導電性高分子と生物素材とのハイブリッド化をバイオデバイス開発のための重要な技術課題と位置付け、各種の導電性高分子と酵素とを組み合わせたバイオデバイスの研究を行っている。具体的には、5員環系のポリピロール類やポリチオフェン類と様々な酸化還元酵素を共有結合させたハイブリッド材料を作製し、電気的および電気化学的な特性解析を行っている。これらのハイブリッド材料は、電流検知型のバイオセンサーやバイオ燃料電池の構成要素として有用な材料であり、分子認識やエネルギー変換の分野での高度利用が期待される。