Research

モータータンパク質とは?

I)細胞の中の化学反応

我々の体は数多くの細胞からできています。細胞の中には遺伝子があり、タンパク質が合成され、生き物として働き、そして老廃物が排除されています。

この一連の作用には膨大な酵素や化学反応が関わっています。今知られている反応だけ書いてみても、ちょっとした本ができてしまうくらいです。

ところが、驚くべきことに、こういった反応の“すべて”を行っているのが、たった一つの細胞だということです。

細胞一つ一つの細胞の体積は、0.001ピコリットル(1ピコリットルは10-12㍑)という、気の遠くなるような小さいものです。

こんな小さな空間で、膨大な数の化学反応を、適切な時間に適切な場所で行うようにコントロールしているのです。私たちの身体を正常に維持するためには、こういった無数の化学反応を正確に行わないとい けません。

おそらくこれを見ている人が今まで実験室で行ってきた、全ての化学反応は、“二つの”物体(これは液体であったり粉末であったり、あるいは気体であたりしますが)を混合して反応させています。 「なにをいまさら!」、と言う人もいると思いますが、このやり方では細胞の中のように化学反応をコントロールすることはできないんです。

二つの水溶液を混合することでスタートするようなやり方では、0.001ピコリットルの中で、仕切りを閉じたり開けたりして化学反応をコントロールすることすることは、極めて難しい、いや、無理なんです! 今日の生命科学の進歩は凄まじく、体の中で起こっている化学反応が次々と解明されています。

しかし、私たち人類は、たとえ単細胞生物といえども、未だに「生命」と言える物を作り出すことに成功していません。なぜでしょう?

この秘訣は、「モータータンパク質」にあると考えています。

II) 物質を輸送するタンパク質

では、実際の細胞の中では、どうやってこういった化学反応をコントロールしているのでしょうか?

もうちょっと本質的なところから考えてみましょう。「反応」は、物質と物質の「出会い♡」によって始まります。

いくらSNSで情報を交換できても、デートの場所に「行く」事ができなければ「反応」は起きません。

III) 輸送の仕組み

モータータンパク質は、「タンパク質」なのですから、当然生きてはいませんが、彼ら(?)は、ATPという化学物質のエネルギーを使って動くことができます。

図に、「アクチン」を赤で、「ミオシン」を青で簡単な模式図で示してみました。アクチンの太さは約8ナノメートル、ミオシンの大きさは約16ナノメートルです。

光の波長の数十分の一ですね!このミオシンがATPの化学エネルギーを使ってアクチンを動かします。こんな小さなものは見ることができません。

「動く」だなんて、見てきたような嘘だと思うかもしれませんね。

1986年、当時大学院の学生だった私は、このアクチンに色を付けることによって、顕微鏡で観察することに成功しました。

今では普通のデジカメで図のような写真に取れますが。。。(笑)

さらに、このアクチンとミオシンがATPのエネルギーで動く様子も観察できます。

では、こんな小さな分子機械が、どうやって化学エネルギーを使って動いているのでしょう。

もちろん、デートの場所に行くには、電車や車を使いますね。実は、細胞の中でも同じなのです。細胞の中の化学反応では、必要な物質を、必要な時に、必要な場所に運んでいくのです!

この仕組みにすると、水と試験官に当たる「溶媒」と「容器」は要らないわけです。

このおかげで分子と同じ大きさでの化学反応のコントロールが出来るのです。

この仕組を担っているのが「モータータンパク質」です!

反応開始の合図を受けたら、細胞の中で物質分子をつかんだモータータンパク質は、細胞の中に引かれたレールの上を動いて目的の場所に運んでいき、相手の分子のところに運んでいくんです。 水も容器もいりません。

これって、私たち社会の仕組みに似ていませんか?

工場で作った製品を消費者のもとに届ける「物流システム」ですよね。私たちの体の中の物流を担っているのが「モータータンパク質」なんです。

モータータンパク質とデバイス

IV) 「動く」ということ

我々動物にとって、「動くということはとても身近なことですが、その大本の分子たちは、どんな仕組みで動いているのでしょうか。

その仕組は、細胞の中の化学反応や、生命そのものの仕組みと深く関わっているに違いありません。

生命の新たな仕組みを解明し、社会に役立てるように、日々研究開発を行っています。この展示では、基礎的な研究を紹介しました。

次の展示では、世界初のモータータンパク質デバイスについて紹介します。

ヒトの体を知るために私たちは人間の代わりに動物を使っています。

電流も流れないし電圧も発生しない、もちろんエンジンみたいな熱も発生しません。

しかも、ATP分子の持つエネルギーを、アクチンが動くエネルギーに変換する変換効率は、なんと100%なんです!

この不思議な分子機械のエネルギー変換メカニズムについては、実はまだ世界中で研究されていて、詳しくは解明されていないのです。

V) 集積回路の上でタンパク質を機能させる

電気も使わず発熱もせず、まるで生きているように動くタンパク質!私はこの仕組を工学的に応用することを考えました。

私達は、太さ8ナノメートルのタンパク質繊維(図)が動く様子を観察できます。さらに、この繊維に生理活性を維持したまま「がん腫瘍マーカー」を輸送する能力を持たせることに成功しました。

さらに、半導体集積基板上の目的の場所に「集める」ことにも成功しました。こうして集めた腫瘍マーカーの量を基板上で計測することができ、細胞に匹敵するサイズで「がん腫瘍マーカー」を検査できることがわかったのです。

VII) モーター蛋白ガンセンサの特徴

  • ■装置が小型低価格であるため、診療所や自宅で検査が可能
  • ■再発ガンの検出に有効
  • ■前処理・後処理が不要
  • ■実績のある従来型腫瘍マーカーを使用
  • ■ガンを網羅的に検査可能

VI) 医療現場の課題

1)現在のELISA法では転移・再発ガンは見逃されがちです。

  • ●PETやCTは被曝リスクのため頻繁に検査できません。
  • ●腫瘍マーカ2点以上は保険適用されません。

2)がん患者の多くは転移・再発で死亡しています。

  • ●早期発見のガンの生存率は90%以上です。
  • ●しかし、転移・再発ガンの生存率は数%程度しかなく、改善されていません。

3)現在行われている検査法には課題があります。

  • ●ELSA:多種類のガン腫の検査にはむいていません。
  • ●DNA検査法:発症前のガンも診断できてしまい、社会的にも問題が指摘されています。
  • ●マイクロRNA法:前処理など操作が煩雑。装置が大規模。

VIII) モーター蛋白デバイスはガンを制圧する!

がんは早期発見すれば治る病気です。しかし、再発転移を起こした場合は極めて死亡率の高い病気です。

しかし、私たちが開発したこの仕組を使うと、ほんの一滴の血液さえあれば、40種類を超すがんを一時間足らずで一度に検査する事ができます。

かかりつけのお医者さんで血液検査する感覚でがんの転移再発を見つけることが出来るのです。

この「モーター蛋白がんセンサデバイス」が実用化されれば、転移再発がんが、「治る病気」になることも夢ではないと考えています。